SHIINBLOG

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仕事とか科学とか

労働問題や面白い科学の話題について書き綴ります

しばらく記事を書けなかった理由と「情報の取捨選択」の危険性

今年も残すところ、あとわずか。私にとって、この1年で何か大きな変化があったかと言えば、やはり、このブログを始めたことが1番だと思う。

自分の考えを文章にして世間に公表するなんて、始める前は物凄くハードルが高いものに感じられたし、最初の投稿はドキドキものだった。もちろん、今でも「世間に公表する以上はヘタなものは書けないな」と言う緊張感は持ってるし、持ち続けねばならないとは思ってる。でも記事を投稿し、それに反応してくれる人たちが出てくると、その緊張感を乗り越えてでも、また書きたいという気持ちにかられ、5か月も毎日更新することができた。自分で思った以上に読んで下さる人も増えたし、アクセス数もそれなりだし、1年前にはこんなこと思いもよらなかった。

 

しかし!12月に入ってからは、とにかく「書けない日々」が続いてしまう・・・。

仕事が忙しくなったのが主な理由だけども、そんなのは、毎日更新してきた5か月間でもたびたびあった。今回の「スランプ」の原因は、5か月やりきって「気持ちが緩んだ」と言うこともあるだろうし、「あらかた書きたいものは書ききった」とも言えるだろう。事実、そうだと思っていた。あるテレビ番組を見るまでは・・・。

 

www.tbs.co.jp

 

TBSの「好きか嫌いか言う時間」。坂上忍さんとブラックマヨネーズ吉田敬さんがメインなのかな?他には弁護士の住田裕子さん、りゅうちぇる、古田新太さんがいたと思う。その他では一般視聴者代表みたいな人々が沢山いて、あるテーマについて「好き」と「嫌い」に分かれて討論するという番組。超ザックリな説明ですが(笑)

何気なくチャンネルを回して途中から見始めたけど、なかなかに面白かった。特に以下の2つのテーマに関しては、かなり期するものがあった。

 

  • 薬物に対して理由は教えず「ダメ」と禁止する日本
  • 日本人の長時間労働(残業問題)

 

2番目は、このブログのテーマでもあるので、私が反応するのは当然と言えば当然だけど、たぶん、討論する中身によっては、それほど反応しなかったと思う。番組の中身そのものが面白くて見続けたけど、見ているうちに「イヤ、そうじゃない!」「なんでもっとそこを掘り下げないの?」などと、非常にもどかしく感じる自分に気づいた。

改めて原点を振り返ってみると、このブログを書く原動力の1つは、「自分の考えと世間とのギャップ」だったんだなぁ・・とつくづく思った。もちろん、私と同じようなことを考えている人は世の中には沢山いる。だからこそ、実際にこのブログを読んでくださったり、コメントを書いて頂き、多少なりとも交流することができるようになった。また同様な考えをもつ他のブロガーさんを知り、その人の記事に刺激を受けることも自分にとって大きな糧になった。ツイッターでも、同様な考えを持つ人たちがフォロワーになってくれ、良い情報源になっている。

しかし、それだけではダメだったのだと思う。何やかんやで、ネットと言うものは、知らず知らずに情報を取捨選択できてしまうツールなのだと実感した。いつのまにか、私は自分と同様の考えを持つ人の記事・情報を優先的に取り入れるようになってしまっていたようだ。仕事が忙しくて自由な時間が少ないために、余計に拍車がかかったのだろう。

仕事が忙しくなると、まず「外部情報の遮断」がある。何せ自分の時間の大部分を会社につぎ込むわけで、自分にとっての「世間」は会社の同僚に限られてしまう。会社の同僚との「意識のギャップ」は今に始まったことではないので、いつしか気にならなくなる。そして帰宅してからは、寝る前にネットで記事をいくつか読む程度で1日が終わる。「世間一般」と、ほぼ隔絶した状態が続いてしまったのだ。

 

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もともとテレビを見る方ではないので、プライベートの時間の余裕が少なくなると、真っ先に「テレビを見る時間」を削ってしまった。「世間との接触」はネットで済ませていると思っていたら、実は知らず知らず「自分と同様の考え」を取捨選択してしまっていたので、そこで自己完結してしまったのだと思う。

それによって「書きたい」と言う気持ちが薄れたのだろう。文章を書いて世間に公表する人の「動機」は色々とあるだろうけど、私の場合は「世間と自分のギャップ」を埋める手段と言う側面が強かったのだと、これで気づかされた。

いつしか情報を選択することにより、世間と自分とのギャップを感じないという「錯覚」に陥り、自らの考えを発信する意欲が低下する・・・。これは私に限らず、誰もが陥る危険がある。

現代社会はとにかく情報があふれていて、みんな自然に情報を取捨選択していることと思う。またSNS等で人付き合いも多様性が増したことで、同様の考えを持つ人間同士でコミュニティーをつくりやすい時代だと思う。でもこれは、1つ1つの小さい集団で「自己完結」してしまう危険性もおおいにあるのではないか?

 

やはり世の中は、いかに多様性を受け入れるか?で持続可能なものになると思う。

私も今回の件を良い教訓として、意識的に「多様な価値観」に触れる機会をつくっていこうと思っている。そうすることで、「自分の価値観」を先鋭化することができ、書く意欲が続いていくのだと痛感している。

 

と、そんなこんなで、書けなかった理由に年内に気づくことができて何より。年明けは上記の「好きか嫌いか言う時間」を見る中で気づいた点について書いてみようと思う。

 

そしてこれまで読んでくださった皆さん、年が変わってもまた書きますので、よろしくお願い致します。