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仕事とか科学とか

労働問題や面白い科学の話題について書き綴ります

社歌が流行ってるって? イヤイヤ、他にもっとやることがあるのでは?

こんな記事を読んだのですが、本当に今、社歌が流行っているんですかね?

 

www.nikkei.com

 

社歌の第四次ブームの前夜?

これまでの「社歌ブーム」は、景気が絶好調時か逆に不況時に起こっているそうです。その様に考えれば、現在不景気真っ只中の日本にあって、確かに流行する環境は整っていると言えます。

この記事で紹介されている作家でありジャーナリストである弓狩匡純氏は、不況時の社歌の流行理由として、以下のように述べています。

 

景気の悪い時はみんな一致団結して頑張ろうとテーマソング、主題歌を作って組織をまとめるという傾向がある

原文まま

 

これを読んで、「結局は精神論か」と思ったのは私だけでしょうか?確かに景気が悪い中で気持ちが滅入ってしまえば、上手くいくものも上手くいかないかも知れません。かと言って「社歌」と言う効果が曖昧なものにお金を使う意味が、私には理解できません。

「イヤイヤ、士気を上げるには気持ちに訴えないと」と言う人もいるでしょう。しかし少なくとも私の場合は、不景気打開のための実効性のある「策」も無しに、気持ちだけに訴える「社歌」を会社がつくったとしたら、逆にやる気を失います。経営者に対して「気持ちで変わるならとっくに変わってる!」と憤ることでしょう。そして会社を見限って退職願を出します。

 

社歌を作るだけで士気が上がるなら誰も苦労はしない

「士気」は古来より戦争において重要視されていました。兵に「やる気」がなければ、いくら大軍でも烏合の衆になってしまいます。かと言って、少数精鋭で士気がみなぎる軍隊が、士気が高いだけで勝てるわけではありません。士気の高い少人数の軍隊が「士気の低い大軍」に勝つ場合は「士気高揚」以外のところで綿密な作戦が組まれているのが前提条件です。「勝つための戦法」が作戦通りに実行されるよう、兵が大軍相手に臆してミスらないように、最後の一手として実行されるのが「士気の高揚」です。

士気の高揚そのものが主要な戦略になってしまったら、それはただの「精神論」です。愚策と言わざるを得ません。ましてや企業のような営利団体が社員の団結を促すためだけに社歌をつくるとしたら、それは愚行以外の何物でもない。別の見方をすれば、社員に対して「ノリの良い歌をつくれば団結するだろう」と見下しているのではないか?とすら感じてしまいます。

実際「会社が社歌を作ったからやる気が出たよ」なんていう人は少なくとも私の身近にはいませんし、世間ではどの程度の人たちが社歌を喜ぶのか想像できません。

明日倒産してもおかしくない会社で「社歌作ったから頑張ってね!」と社長が言ったとしたら、「そんな場合じゃないだろ!」と反応するのが自然だろうと思います。もし社歌でやる気が出るとすれば、それがメインではなく、「最後のひと押し」の場合に限られるでしょう。

 

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社歌が機能する場合を考える

冒頭で紹介した記事では、社歌の効果について以下のように示されています。

 

 

パーティーやキックオフミーティングなどで斉唱。社員が企業の思いを理解し団結を強める効果として、歌はうってつけのツールになっている。

原文まま

 

 

やはり精神的な面での効果を狙っており、「社員としての一体感」を生むことが目的になっています。これは社員個人個人に対して、その個性を生かした会社への貢献を期待している訳ではなく、会社への「帰属意識」を芽生えさせることが目的なのでしょう。

これは戦国大名の兵に対する心理と似ています。ある意味、組織が巨大でシステムが出来上がっている場合は、一兵卒(平社員)には、システム化された作業を遂行して貰えればそれで良い。要は「ただ手駒として働いてくれればよい」という考え方です。その様な考えであれば、社員には「決められた通りに決められた量の仕事をこなす」だけを求めるので、「強い帰属意識→やる気の向上」は生産力アップにつながると言う考え方なのでしょう。

また一方で、一兵卒が「やる気」を上げてくれるには、その大名も「それ相応の名の知れた大名」でなければなりません。一兵卒だって1人の人間です。ポッと出の良く知らない無名の殿様よりも、百戦錬磨の武田信玄が「この戦、勝てるぞ!」と言った方が、士気は格段に上がるでしょう。

つまり、「社歌」の場合も同じ事です。

例えば大企業が自社をピーアールするために、テレビでCMを流すとしましょう。私の記憶では、子供のころから耳なじみの「この~木何の木気になる木~♪」の日立が代表例かと思います*1

これは社歌と言うよりもCMソングの側面が強いですが、あれだけ世間に馴染まれ、子供も口ずさむような歌であれば、自然と社員も誇りに感じることでしょう。でもそれは、前提条件として「社員が自社の理念や経営全般に対して誇りを持っている」がなければなりません。

つまり、その企業の「本業」が既に社員にとって誇らしいものであり、それが世間に「社歌」をとおして認知されることで、はじめて「社員が社歌を容認する」のではないかと思います。

社歌を作れば社員が団結するのではなく、前提として社員にとって「世間に誇れる会社」と言う下地があってこそ、社歌が生きるのではないかと思います。そういう意味では、「ブーム」だからと言って中小企業が安易に実践するものではないように感じます。

 

おわりに

私にはどうにも「社歌」はピンと来ません。もし私が勤務する会社が社歌をつくったら、迷わず辞めると思います(笑)

そもそも企業とは営利団体であり、そこに属する経営者も社員も、お互いに利害関係者です。本来であれば感情的な部分でのつながりは、前提条件としてあり得ない訳ですが、何故かそれが重要視されているのが日本企業です。

日本企業はとかく「社員のやる気」を求めます。企業自身が社員のやる気を正当に評価する方法は下手なくせに、とにかく社員の「やる気」を求めます。この「やる気」がクセもので、日本人の場合は「やる気」の評価を重要視するあまりに、結果よりも経過(表面上の)を評価する世の中になってしまっています。それが長時間労働を賛美することに直結していることについては、このブログで何度も述べさせて頂いています。

冒頭で紹介した「社歌がブームの兆しを見せている」のが本当であれば、私には日本人の「悪い慣習」が再燃してきているのではないか?と感じずにはいられません。

上述のように、「士気を高めること」に意義があるのは、その前提条件として「的確な作戦」があってのことです。我々日本人は、太平洋戦争における「具体的な勝つための戦略もなく、結局は精神論だけが独り歩きをしたことによる悲惨な末路」を知っているはずです。

具体的な実効策も無い中で社歌だけをつくる行為は決して好ましいものではないと私は思います。

 

 

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