SHIINBLOG

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仕事とか科学とか

労働問題や面白い科学の話題について書き綴ります

常総市役所の残業問題に潜む、日本人の「ブラックな労働観」 ~その3~

まずはじめに、熊本地震によって被災されたすべての方々に心よりお見舞い申し上げます。

 

 

先日引用した常総市の件について考えた事の「その3」です。

 

 

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3.なぜ「給料を貰う=金銭を得る」ことは悪なのか?

 なぜ、こういう考えになるのか?非常に不思議でならない。以下に再引用↓

 

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給与が高額にならないよう、災害時の特別給与体系の創設を求めた。

原文まま

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 今回の災害で市職員の残業代が高額になった事に対し、なぜ、「給料を出さない」方向になるのか理解に苦しむ。先でも言ったが、「過労死者が出なくて不幸中の幸い」だったのだ。なぜ、「そのような無茶な勤務時間にならないように組織を整備する」という考えに至らないのか?災害時に激務ながらも、何とか使命感で頑張っている職員が、「災害だから残業代なしね」と言われたら、果たしてそれでも職務を全うできるだろうか?

 

 何故日本では、ボランティアの様な「無償の労働」が手放しに賛美される傾向にあるのだろうか?この思想こそが、日本人の「ブラックな労働観」の根源の1つだと感じている。時代劇でよく描かれる「悪い商人」のイメージが強いのだろうか?もちろん、不正な手段で金銭を得ることは良くない。しかし、人間は食っていくために仕事をするのであって、無償労働による社会貢献のみでは生きてはいけない。

 また前回も話したが、ボランティアで出来ることには限界がある。その多くは一般的には「素人仕事」であり、基本的には誰でもできる仕事なのである。もちろん、自分の生活を確保しながら、貴重な時間をボランティアに費やすという行為は、誰にでも出来るものではなく称賛に値する。しかしボランティアだけでは被災地は復興しない。復興に至るまでは、様々な「プロの仕事」が活躍している。

 自衛隊員や消防隊員の救出活動に際しても「不眠不休で」という言葉が良く聞こえてくる。どうにも日本人と言うのは、自己犠牲の精神を賛美する傾向が強いように思う。だが、無理が祟って過労死する人が出れば、それこそ痛ましい「二次災害」である。

 

災害時であっても、通常のような勤務時間で目的を達成できる「強い組織づくり」こそが重要なのではないか。個人の自己犠牲に頼り、またそれを当然と思うような世の中は、改善していかなければならない。