アリの集合知 「中央制御によらない集合行動」が人間社会にもたらすもの
かねてから動物の「群れの行動」や「社会性」に興味を持っていました。
そして最近、日経サイエンス2016年5月号で「アリの集合知」と言う大変興味深い記事を読んだので紹介させて頂きたいと思います。
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中央制御なしに機能するシステムとは?
私も含め、皆さんはアリについて社会性のある昆虫と認識している事でしょう。もちろん、それはその通りなのですが、ではアリは人間のようなかたちで社会性をつくっているのでしょうか?
人間は言葉を話し、それによって意思疎通をし、道徳や社会通念、法律を守りながら行動することによって社会性を維持します。そして非社会的な行動をとってしまえば、法に照らして罰せられてしまいます。これがいわゆる、中央制御システムですよね。
では人間に近いサルはどうでしょう?
ボス猿を頂点に群れの統制が取れています。そして下位のオスが勝手な行動をすれば、上位のオスに制裁されます。この意思決定の最上位はボス猿。この秩序が変わるとすれば、それはボス猿が入れ替わった時。まさに、中央制御システムですよね。
一方、自然界には以上のような中央制御が無いにも関わらず、群れとして統一的な機能を維持できるシステムがあるそうなのです。
その代表格が「アリ」です。アリは何も女王アリの号令のもと、統一的な目標に向かって行動している訳ではありません。
個々のアリ達は、ある単純な「決まり事」に従っているだけで、それぞれ勝手な行動をしていると言うのです。にも関わらず、群れとしては統一的な行動がとれています。
また他では、群れで飛ぶ鳥の動きや、魚の群れもまた1つの意思があるかのような見事な動きを見せます。そして我々の体内で様々な代謝システムを担っているタンパク質は、遺伝子からの単純な制御によってはたらき、全体として「人間」の身体を制御しています。それから、このブログを読んで下さっている瞬間のあなたの脳も、個々のニューロンのネットワークの結果として思考を司っています。
中央制御システム については、人間であればイメージで理解できると思います。
しかし中央制御なしに機能するシステムってどういう事?って思いませんか?それぞれの個体が、単純な決まりごとに従いつつバラバラに行動しているにも関わらず、全体としての目標は達成できている。
まさに自然だからこそ創り上げたシステムであろうし、これを研究することで、人間の社会システムに対しても、大きな変革のヒントになる可能性は十分にありそうです。
アリの「単純な相互作用」とは?
働きアリは嗅覚が非常に鋭く、触覚によって仲間のニオイを嗅ぎ分け、自分の行動を決めているらしい。
アリを乾燥から守るために体表を覆っている「クチクラ炭化水素」と言う物質は、例えば炎天下の砂漠を歩いたアリとそうでないアリでは、ニオイが違ってくることが分かっています。アリたちはどうも、その様な「体臭」の微妙な違いを嗅ぎ分け、それが個々の行動を決定づけているとのこと。
そしてクロナガアリを対象にした実験によると「外に出たアリのニオイに出会った頻度」によって、餌探しに対する行動様式が変わると言うのです!
まずは「クロナガアリ」の前提条件です。
①エサはイネ科など一年生植物のタネ
②このタネにより、栄養と水分を得ている
③タネを探しに外に出ると、水分を失ってしまう
つまり、クロナガアリにとってタネは重要なエサですが、やみくもに探しに行っても、外で干からびて死んでしまいます。働きアリ全員が一斉に出払って、エサを見つけられず外で干からびてしまったら、コロニーは全滅ですよね。
そうならないために、巣の中で休んでいるアリは、エサを持ち帰るアリと「一定数以上出会って初めて」エサ探しに出ていくのだそうです。
植物は一か所にある程度の数が生えているでしょうから、1コのタネがあれば、他にも沢山落ちている可能性があります。沢山あれば、仲間は次々と持ち帰って来るので、休んだアリもすぐに出かけて行きます。
その逆に、持ち帰るアリが少なければ、なかなかエサ探しには出ません。空振りする危険を回避していると言うことでしょう。
この記事では詳細は書いていませんが、おそらく「働かないアリ」の話でも出てきた「閾値(いきち)」が関係していると思われます。
おそらく、コロニーの中には少数の「とにかくエサを探しに行く個体」がいるのでしょう。そして「エサを持ち帰った仲間1匹に出会ったらエサを探しに行く個体」、「エサを持ち帰った仲間5匹に出会ったらエサを探しに行く個体」などがいる。
「とにかく探しに行った個体」がエサを持ち帰らなければ、誰も探しに行かない。そしてしばらくすると、また「とにかく探しに行く個体」が探しに行く。その個体がエサを見つけて来れば、他の個体が探しに行き、エサの数が多ければ持ち帰る個体と頻繁に出会うので、閾値の大きい個体もエサを探しに行き、結果、コロニーとして「大量収穫」が可能となる。しかも外で干からびる個体は最小限にとどまる。
すなわち「とにかく探しに行ったけど見つけられなかった個体」や「エサを持ち帰った仲間と出会ったので外に出てみたけど、エサは既に無くなってて、さまよってしまった個体」は残念ながら犠牲になってしまう可能性が高い。しかしコロニーとしては最小限の犠牲で済むと言ったシステムなのでしょう。
まさに単純な法則ですが「少ない犠牲で多くのエサを収穫する」と言う意味では非常にうまくできたシステムですよね。
アリの社会行動は着実に遺伝しているらしい
上記のクロナガアリのコロニーごとのDNA調査を行った結果、餌探しの行動様式の違いが遺伝していることが判明したそうです。
それによって、さらに面白い事実が判明します。
調査前の予想では
①毎日せっせとエサを探しに出る個体が多いコロニーは繁栄して子孫が多い
②暑い日に餌探しに出ないコロニーは、エサが少なくて弱い
でした。しかし、結果は逆。
①:暑い日でも無理してエサ探しに出ることで、外で死んでしまう個体が多く、コロニー全体のエサ供給能力が下がり、繁栄しない。
②:無理をしない場合、タネは長期保存できるし、暑い日は巣に待機して水分を温存する方が犠牲者は少なく、コロニー全体の個体数が減らず、エサ供給能力が維持でき、繁栄して子孫を残せる。
と、こういう事らしいのです。う~ん、自然って良くできてますよね!
それにしても、日本の労働事情につながりますよね。「無理して頑張る」ことで、逆に生産効率が下がる・・・。まさに現代日本社会を表しているようです(笑)
アリの教えを人間に応用すると・・・
予想外でビックリしたのですが、アリの行動様式の研究は「がん細胞」の研究に応用されているそうです。
「がん」は種類によって特定の臓器に転移しやすいと言う性質を持っていて、その点で上記のクロナガアリと同じようなシステムでは?という発想になったらしい。
そこで研究が進められたところ、乳がんでは特定臓器にある「資源」を狙って集中することで転移する。そして転移した細胞の1部はもとの場所に戻り、仲間を転移個所に案内するかのような現象が起こっているようです。それを逆手に取り、案内役の細胞に「毒を食べさせる」と言う視点で治療法が研究されているようです。
まとめ
アリの行動様式の結果は以下のようにまとめられています。
中央制御によらない集合行動
・アリのコロニーはリーダーなしに機能している。匂いに基づく単純な相互作用を用いて活動をまとめあげている。
・群れが利用している相互作用システムは周囲の生態環境に関連している。
・アリの集合行動に関する知見は、中央制御なしに機能する他のシステムを考えるうえで役立つ可能性がある。
※日経サイエンス2016年5月号P.96より
人間の企業組織も、単純な相互作用で成り立てば、少しはまともに動くのだろうか?などと考えが巡ります。
そう言えば道路交通などは、中央制御によらないシステムと言えるかも知れません。交通ルールと信号と言う相互作用のみで、それぞれが勝手に動いて成り立っていますからね。たまに事故は起きてしまいますが。
人間の体内の細胞や物質も、それぞれの単純な相互作用ではたらき、その結果の総合として人間と言う生体システムが成り立っていると考えると、とても不思議な気分です。
ともすると、広大な宇宙でさえ、個々の星々の単純な相互作用によって成り立っている、超巨大なシステムなのかも知れない・・・。などと、夢想は広がるばかりです。
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